聖アントニウスの誘惑
大アントニウス 聖人 修道院制の創設者 エジプト生誕 紀元300年頃
修道院制の創設者として、また中世より疫病の守護聖人として、
西洋絵画の題材に描かれてきたアントニウス
「聖アントニウスの誘惑」は、荒野で一人敬虔に修行生活を送る修道院制の創設者大アントニウスを、
悪魔が暴力と金銀財宝、魅惑的で高貴な女性を使って誘惑する逸話に因んで、
西洋美術史上数多の巨匠たちが作品の題材にしてきたテーマ。
しかしこれらの巨匠たちによるこのテーマの作品には、悪魔の誘惑の描き方に
時代の意識が表れているところが面白いところだ。
画家たちは聖人を襲う怪物の姿や、聖人を寝所へ引きずり込もうとする悪魔の女王の描き方に趣向を凝らし、
それらは時代時代の特性を反映している。
大アントニウスの画題は、中世の北方ヨーロッパで蔓延した「麦角菌中毒」治癒の祈念画(祈りの対象のための絵)として、
主に北方ヨーロッパで盛行した。
現在フランス領の地方領主がアントニウスの聖堂を作り、祈りを捧げたところ、
当時原因不明の四肢壊疽の症状を示す息子の難病が治癒したので、
以来この病気を「聖アントニウスの火」と呼び、
聖アントニウス会を創設し、病気の治療活動をしたことに因むものである。
上の図像の左下の人物が症状に苦しむ麦角病患者と言われている。
現代風に解釈すると、この作品の構図はキリスト教の修道者として道を外れることを恐れる修道者と、
それを誘惑する自分の中の欲望ではないだろうか。
自分の中に欲望を認めながら、手を出すリスクを恐れる葛藤と考えれば、
特にキリスト教徒に限定しなくても理解できる。