寺尾聰

寺尾聰

寺尾聰(てらおあきら)は、1947年5月18日生まれの俳優である。若いころは音楽に傾倒し、1966年にレコードデビュー。大ヒットしたがすぐにグループを抜け、『黒部の太陽』で俳優としてデビューした。父は劇団民藝の創設者・宇野重吉。その父の勧めで石原軍団に入ると、有望株として注目された。ソロ歌手としても活動し、1981年リリースの「ルビーの指環」が第23回日本レコード大賞などを受賞。2001年の映画『雨あがる』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞し、幅広く活動する。

寺尾聰のレビュー・評価・感想

寺尾聰
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大人の魅力たっぷりのミュージシャン

飄々とした雰囲気でありながら、刑事や医者、学校の先生など、色々な役柄をしっかりとした演技でこなす俳優・寺尾聰さんを知っていますか?
寺尾さんの父親は演劇界の重鎮と言われた、故宇野重吉さんです。寺尾さんも歳を重ねるにしたがって、父親の面影そっくりな役者になりました。日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を二度も受賞するなど、俳優としての評価も高い人ですが、実は「ルビーの指環」という曲でミリオンヒットを飛ばし、日本レコード大賞や日本歌謡大賞など、国内の音楽祭の賞を総なめにした経験もあるミュージシャンでもあります。

寺尾さんは学生時代に結成したバンド「ザ・サベージ」で音楽活動を開始し、その後脱退してソロシンガーとなりました。自分で作曲しそれを歌う、シンガーソングライターでもあります。これまで、100曲以上の曲を書いたと本人は言っていますが、そのうち30曲近くを収録したアルバムを3枚リリースしています。「Reflections」というアルバムは、総売り上げ160万枚を記録しました。アイドル全盛期だった中で、アーバンな雰囲気を持つ洗練された曲とスモーキーな歌声は、大人の購買層に積極的に受け入れられ、瞬く間にチャートを駆け上がりました。その魅力ある歌声は、彼の年齢が上がっても衰えを知らず、包み込むようなバリトンボイスを求めて、ライブに参加する人が数多く存在するのです。