地下鉄に乗って

地下鉄に乗ってのレビュー・評価・感想

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地下鉄に乗って
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映画を観ての感想

『地下鉄(メトロ)に乗って』は浅田次郎の長編小説です。1994年に徳間書店から刊行されました。 第16回吉川英治文学新人賞の受賞作でもあります。
東京の地下鉄で過去と現在を行き来する作品で、まず2000年に音楽座ミュージカルで舞台化されました。その後、2006年に篠原哲雄監督により堤真一、岡本綾主演で映画化されました。

小沼佐吉という、大手アパレル業界の社長を父に持った3人兄弟。父は「わかったような口をきくな!」と妻や息子を殴ります。主人公の長谷部真次はその父に反感を抱き、父の戸籍から籍を抜き母の姓である長谷部を名乗ります。長谷部もやはり小さな衣料品屋の営業マンをやっており、そこで知り合ったデザイナー軽部みち子と不倫の関係にありました。
何度も地下鉄(メトロ)で過去と現在を行き来するうち、兄である昭一は実は腹違いの子であること、そして過去に戻ったときに、事故により高校三年生で亡くってしまった兄をどうにか助けたいと思いますが叶いませんでした。
何度もメトロで過去と未来を行き来するうちに、真次は出征する若い父・小沼佐吉に出会います。「君は満州から無事帰ってくる」と易者のふりをして言います。
小沼佐吉は「もし行きていたらだよ、この千人針をくれた娘を嫁にもらって、ガキ作るんだ。ガキどもはみんな中学へ行かせて、高等学校も行かせて大学も行かせて、俺のやりたかったことみんなやらせるんだ。長男坊は学者にする、次男坊はおかたい勤め人。末っ子はたいてい出来が悪いからずっとそばにおいて親孝行させるんだ。家の一軒でも持ちてーな。小さくていいから。家族みんなでホカホカ暮らすんだ」そんな夢を美しい瞳で語る小沼佐吉。
佐吉は憧れていたメトロが暗くてうるさいことに、その時初めて気づきます。
青山一丁目で降りた小沼佐吉は「小沼二等兵お国のために行ってきます!」と真次に敬礼をするのです。「小沼佐吉バンザイ!小沼佐吉バンザイ!」と、真次は見送ります。

その後も、一般市民を守るために自分が囮になってマシンガンを撃つ父、進駐軍の物資を横流しして稼ぐ、戦後を生き抜く父を目の当たりにします。一緒にタイムスリップしてしまったみち子を、売春婦の取締から真次の時計をかたに救ってくれたりもします。少しずつ、長谷部真次の父への思いが変わっていきます。

小沼佐吉は愛人お時の経営するバー「Amor」に不機嫌に帰ってきます。その日、佐吉は一番上の息子を失ったのです。自分の実の息子ではないのです。
妻が東京帝国大学の学生と恋をして出来た子です。佐吉はその息子を父と同じ東京帝国大学に行かせたかったのに、息子は「京都帝国大学に行きたい」と口論となり、家を飛び出し交通事故に遭い亡くなります。佐吉は「宝石みたいに生まれてきてよ。親の顔見て笑いやがる。十分じゃねえか。ちきしょう。おらなんてことしちまったんだ!」とカウンターで泣くのです。
本当にぐしょぐしょになって泣くのです。ここで「小沼昭一は幸せでした。あなたのような父親を持って。小沼昭一は幸せでした」と、真次は宣言するように言います。
そして、小沼佐吉は「お時の大きなお腹にいる赤ん坊の名は『みち子』とひらがなでつけたい。習い事をたくさんさせて、デザイナーにしたい」などとみち子に託す夢を語ります。みち子は「私が生まれてくること喜んでくれてた」と喜び、そして泣きます。

傘が激しい雨の中長い階段を転がり落ちていきます。
真っ赤な傘とともに転がり落ちるのは美しい母と娘でした。母のお腹にはみち子がいるのです。みち子はすっかり父への気持ちが変わった長谷部真次の家庭を守ろうと、自分と愛する真次を秤にかけます。母に「私を産んでくれたお母さんの幸せと、私が愛したひとの幸せを秤にかけてもいいですか?」と問いかけます。母であるお時は「親っていうのは自分の幸せを子供に求めたりしないものよ」と答えます。そして、みち子は「ごめんね」と、母を抱いて故意に一緒に大雨の階段を転がり落ちます。
みち子は最初から「自分も真次と同じく、小沼佐吉の娘であること」に気付いていました。つまり二人は異母兄弟。それ故にみち子は自分の出生をなきものにしてしまったのです。

真次がタイムスリップした過去で一生懸命変えようとしたお兄さんの死は取り消せなかったのに、みち子は生まれなかったことになってしまいます。
真次は父親に対する気持ちを変え、危篤の父親・小沼佐吉の見舞いに行くと、自分がみち子を救ってくれるように頼んで戦後の闇市の近くの酒場で佐吉に渡した時計が病室のベッドの横に大切においてあったのです。

この作品で一番目を引くのが小沼佐吉を演じた大沢たかおです。
出征のたすきを掛けて初めて乗る地下鉄に喜びながら、戦争に行く若い小沼佐吉。そしてマシンガンを撃ち、ソ連軍の捕虜になりながら一般市民を守る小沼佐吉。戦後の闇市近くでいかにも胡散臭そうな酒場を営み、進駐軍の物資を横流ししながらも、仲間を守る小沼佐吉。そして冒頭から出てくる、家族を殴り飛ばす父親小沼佐吉。17歳くらいから30代、60代くらいまでを見事に違和感なく演じきった大沢たかおの演技は素晴らしいものです。もちろん堤真一の朴訥な感じの演技も、美しい岡本綾も素晴らしかったです。

そして、この映画のクライマックス。赤い雨傘が大雨の中階段を転がり落ちていく。常盤貴子演じるお時と、岡本綾演じるみち子が大雨の階段を転がり落ちて、みち子は自分の出生をなかったことにする。このシーンは大沢たかおも堤真一も、すべての演者たちが脇役になってしまう瞬間です。

大沢たかおは、この役のために地下鉄に久しぶりに乗ってみようとしたそうですが、まず切符が買えなかったそうです。また、タイムスリップするなら自分が赤ちゃんの時を見てみたいと言っています。

2006年10月21日に初日を迎え、メイン上映館である丸の内ピカデリーで、堤真一、常盤貴子ら出演者による舞台あいさつが行われました。この日、場内は超満員。出演者たちも感激の様子だったそうです。
なかでも熱い声援が送られた大沢たかおは、双眼鏡をのぞく前列の観客に気づくと、「そんな近くに双眼鏡で見られると恥ずかしいので、あんまり見ないでもらえますか……」と照れまくっていました。
主演の堤真一は「見終わった後、親子について、家族について、ぜひ考えてみてください」とコメントし、また堤演じる主人公の恋人役を務めた岡本綾は「愛と時間がテーマの作品」とコメントしています。
物語のカギを握る女性を演じた常盤貴子は、「いろんな人の思いが詰まっている」と、それぞれ作品の魅力を語りました。また、出来上がった作品を見て大沢たかおは「静かな映画だな」と思ったそうです。大沢さんの出演シーンは家族を殴る、マシンガンを連射するなど激しいシーンが多かったですが…。
篠原哲雄監督は「やっと公開されることになり、うれしい限り。いろんな時代のエネルギーを結集させた作品なので、親子関係や愛のあり方を含めた、人の生き様を見ていただきたい」と締めくくられたそうです。撮影から1年間という“時を越えて”たどり着いた公開初日に、キャスト、監督ともども、晴れがましい表情を浮かべていました。

満州の戦場、昭和の闇市、そして昭和39年のレトロな日本の情景。闇市の匂いまでもが伝わってきそうな時代考証でした。新中野駅は真次の実家(小沼邸)が近くにあるという設定で、1964年の鍋屋横丁の商店街も描かれています。映画での商店街シーン撮影は、伊東市で行われました。

監督篠原哲雄は、1989年に8ミリ映画『RUNNING HIGH』がPFF89特別賞を受賞。1993年に16ミリ映画『草の上の仕事』が神戸国際インディペンデント映画祭でグランプリ受賞。国内外の映画祭を経て劇場公開されました。
山崎まさよしが主演した初長編『月とキャベツ』がヒットし、2018年に『花戦さ』で第41回日本アカデミー賞優秀監督賞を授賞されています。『地下鉄に乗って』以降も数多くの作品に携わっていました。

主演の堤真一は、国内の主演・助演男優賞を総なめにし、アメリカの国際テレビ芸術科学アカデミーが主催する第41回国際エミー賞 最優秀俳優賞のファイナリストに選ばれています。俳優部門のノミネートは堤が日本人で史上初であり、同賞俳優部門が始まった2005年から2023年現在までファイナリストに選出された日本人は堤のみだそうです。
また面白いエピソードとしては、2007年公開の『ALWAYS 続・三丁目の夕日』の初日舞台挨拶で、堀北真希ファンの男性客が突然スタッフの制止を振り切ってステージに乱入しようとするハプニングが起こりました。堤は吉岡秀隆とともに、壇上から取り押さえスタッフに男を引き渡したそうです。その後、舞台挨拶では、丁度この日からスタートしたフジテレビ系ドラマ『SP』でSP(セキュリティポリス)役を演じていることに触れ、「今日から『SP』が始まります」と笑いを取って場を和ませました。
岡本綾は映画『学校の怪談』の小室香織役で一躍有名になり、たくさんのテレビドラマなどにも出演しました。

常盤貴子は2004年に『赤い月』で第28回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞を取り、その他の主演女優賞を総なめにしています。テレビドラマでは『美しいひと』で、夫役の大沢たかおからDVを受ける妻の役を演じています。

大沢たかおはもとはモデルをしていて、『Men‘s non-no』などにも掲載されていました。
1992年鶴田真由と共演した日本石油のテレビCM「レーサー100」が話題になり、俳優に転向してからはドラマ『君といた夏』や『若者のすべて』、『星の金貨』といった話題作の出演によって知名度が上がります。
1995年の映画『ゲレンデがとけるほど恋したい。』で主演を務め、広瀬香美が歌う「ゲレンデがとけるほど恋したい」とともに大ヒットしています。広瀬香美さんと結婚もされました。
その後、ドキュメンタリーとドラマとの複合を実験的に行った番組『劇的紀行 深夜特急』での経験が評価され、活躍の場を日本だけでなく世界にも広げます。それまでテレビを中心に活動していましたが、2000年以降は活動の拠点を映画へ移し、年に何本もの作品に精力的に出演しました。
2004年の『世界の中心で、愛をさけぶ』では柴咲コウとW主演を務め、2人の青年期を森山未來と長澤まさみが演じています。本作は大きな話題となり、興行収入が85億円を記録する大ヒット映画となりました。
2005年、『解夏』で第28回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。スティーヴン・セガール主演の映画『イントゥ・ザ・サン』の黒田役でハリウッドデビューもしています。

2007年、『地下鉄(メトロ)に乗って』で第30回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。自身も出演した2008年公開の映画『ラブファイト』では、映画プロデュースに初挑戦しました。『解夏』を始めとして、さだまさし原作の小説『眉山』にも出演。
『風に立つライオン』では、さだまさし作曲の「風に立つライオン」という曲に感銘を受け、「聴けば聴くほど、歌われた人物について知りたくなる。この歌の世界を映像で見たい、できるならば自分で演じたい」と考えた大沢たかおが、さだに映画化を視野に入れた小説の執筆を直談判し制作されたのだそうです。
依頼に対してさだがなかなか企画を進めなかったため、大沢は自分でBSプレミアムのアフリカのドキュメンタリーの仕事を引き受け、それをさだに見せることで本気度をアピールしました。大沢は他にも「東日本大震災が制作の原動力になったのではないか」と語っていました。

2009年、『JIN-仁-』で8年ぶりに連続ドラマに出演し、翌年2010年に第18回橋田賞を受賞しました。自身と作品とのダブル受賞となります。また2011年には続編が放送され、1作目、2作目両作ともその当時ドラマ史上ではまれに見る最高視聴率25%を超える高視聴率をマークしました。
2016年から約2年間の休業状態にありましたが、『キングダム』の王騎役のオファーを受け復帰を決断しました。原泰久による漫画『KINGDOM』の原作ファンからも、大沢たかおの素晴らしい王騎役の役作りに感動の声が上がっているそうです。

浅田次郎の作品は時々不可思議なことが起こります。
不思議な動物が出てきて口をきき、孤独な娘に未来を予言して幸せに導きます。また歴史超大作においても老占い師が主人公の少年の未来を予言しますが、その予言は実は嘘で、少年はそのまま飢え死にする運命にあったのに嘘の予言をして少年に夢を与えました。少年は占い師の言う通りに宦官になり西大后のお宝を絡め取り大成功します。

浅田次郎先生は、作中の喫茶店のシーンにお客さんとして出ておられます。前半で真次とみち子が喫茶店に行くシーンの後ろに一人座っておられます。
浅田先生は「この物語は私にとっての原点です」とおっしゃっています。
この作品もタイムスリップという不思議な現象で父親の本当の姿を理解することが出来、幻のように消えてしまった美しい愛人によって家庭を取り戻した主人公の人間ドラマです。タイムスリップ物の多い昨今、本当に素晴らしい作品の1つだと思います。