悲しみに、こんにちは

悲しみに、こんにちはのレビュー・評価・感想

New Review
悲しみに、こんにちは
8

少女の一夏の成長物語

この作品のあらすじは両親を病気で亡くした6歳の少女フリダが叔父夫婦の元で暮らすことになる、というものであるが、ここまで聞いとありがちな孤児の話に聞こえてしまう。しかし、この作品は孤児を描いた作品の中でも徹底して子供目線を貫く非常に優れたものなのである。
まず一際目を引くのが子役の演技の自然さである。何も知らずに観ればドキュメンタリーと勘違いしてしまうほどの名演技である。これに関しては監督曰く子役にカメラを意識させないように定点カメラを多く利用したとのことである(だとしてもすごいが…。)
そしてこの作品が優れている点として言えるのが、子供の感情の描き方という点である。結論から言うと主人公の少女フリダは作中で感情を表に出すことがほとんどない。真逆のことを言っているように思えるが、考えてみれば当然である。というのも6歳の少女に親の死を理解し受け止められるだろうか、なされるがままに知らない大人に元に連れてこられて居心地がいいだろうか、ましてや知らない大人の前で自分の感情をあらわにすることなどあるだろうか…。そう言った意味ではこの作品における感情の描き方はドラマ的ではないものの非常に生々しいものになっている。
その生々しさは映画全編を通してまとわりつく様に存在する。実はこの作品、物語自体に何か大きな出来事があるわけではなく、基本的には田舎でのリアルな日常を描いたものである。漠然とした生々しさと不穏さを抱えながら、この物語は終盤に向かっていくのだが、ラスト1分突如として主人公が泣き出すシーンがある。そしてなぜ泣いたかも言わないままエンドロールを迎える。
初めて観た時このラストシーンには衝撃を受けたものだ。
ここのは主人公の受容と決別が詰まっているのではないかと考える。要するにあの涙は親が死んだことを理解した(受け入れた)証明であり、感情をあらわにすることで新しい家族を受容した証明でもあるのだ。
そして何より凄いのがこの1分のシーンを描くがために淡々とした日常を90分近くも映していたのである。なんと大胆な構成だろうか。一歩間違えれば退屈な映画と思われ途中で見放されてしまう可能性もあるというのに。全くもって”イカした映画”である。