香水 ある人殺しの物語

香水 ある人殺しの物語のレビュー・評価・感想

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香水 ある人殺しの物語
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パフューム ある人殺しの物語

ドイツ出身の作家パトリックジュースキンが書いた小説「香水」は全世界で1500万部を達成した大ベストセラー小説です。
映画化もされ、日本でも公開されましたが、内容が内容だからなのか、超有名作!というわけではないようです。
映画版については最後の方に触れますが、ひとまず小説版についてご紹介しますね。
舞台は18世紀のパリ。主人公・グルヌイユは臭気の漂うフェール街の魚屋で産み落とされました。
ここで働いていた母親は、以前にも魚屋で仕事をしている最中に子を産み落とすことがあったのですが、息をしているのか定かではない子供たちを魚の臓物と共に墓地へ棄てるか、セーヌ川へ投げ込んでいたのです。
けれど、グルヌイユは他の赤ん坊とは異なり、産声を上げました。
グルヌイユは孤児専門の乳母役・マダムガイヤールに引き取られ、母親は嬰児殺しの罪で首を刎ねられ死亡します。
なかなか衝撃的ないきさつで誕生したグルヌイユですが、彼にはとんでもない才能がありました。
嗅覚がずば抜けてするどいという才能です。
どれくらいずば抜けているかというと、作中、グルヌイユは次のように考えています。
「あるいは煙はどうだ。何十、何百もの様々な臭いがまじり合って、あわただしく変化する。火事の時の煙のように千変万化するあのものが、単に〈煙〉と呼ばれるだけでいいものか…」。
グルヌイユは香りの持つゆたかさに対する言葉の貧弱さに「ことば」を疑っているのだと、語り手は説明します。
嗅覚が以上にすぐれたグルヌイユにとっては言葉よりも香りの方が雄弁なんですね。
常人には全く理解ができない世界です…。
グルヌイユは成長し、皮なめしの見習いとして就職をします。
「皮なめし」は動物の「皮」を、羊皮紙などの「革」に加工する職業のことです。
グルヌイユは仕事の途中に、とても良い香りのする美少女とすれ違います。
「娘の汗は海風のように初々しく、髪の生えぎわはクルミ油の匂いと似ていた。性器のあたりは百合の花束。肌は杏子の花の香りがした…」そんな素晴らしい香りに、グルヌイユはいたく感動し娘を殺してその香りを存分に吸い込みます。
二度目の生を受けたかのような、彼の人生で比類なき幸福を味わったグルヌイユ。
殺してしまった娘の芳香は消えてしまうので、かつて天才と呼ばれた香水調合師・バルディーニの元に弟子入りすることにしました。
例の美少女の香りを再現すべく、若く美しい女を殺しては香水を作り出そうとするグルヌイユの行く末は…。
というお話です。
作中、とにかく魅力的なのは香りの描写でしょう。
グルヌイユの言葉に対する見解を引用しましたが、読者もまたグルヌイユの視点を借りて、「言葉の貧弱さ」をもどかしく思うのです。
先に引用した美少女の香りの描写のように、パトリックジュースキントは彼の思い描く香りの描写を既存のモノに委ねています。
本当は、これらが絶妙な配合の元に緻密に計算されて出来上がる極上の香りだということを、読者も作者も、グルヌイユの香りに対する異常な執着から理解しているからこそ、言葉の有限さに翻弄されます。
けれど、悔し紛れに並べ立てられた言葉たちから香る微かな臭いを必死に掴もうと躍起になるのは、それほど悪い経験ではありません。
各々の経験が加味されて、各々にとって至上香りたりえるからです。
映画版では、美しい色彩で香水が出来上がっていく様子が描かれています。
ラストは少し評判が悪いようですが、受取り方によるでしょう。
そこには、グルヌイユが香りに執着しながらも、本当に彼が求めていたものが描かれているように思えます。
彼が幾多もの罪を犯しながらも、心の底から欲していたものとはいったい何なのでしょう…?
ぜひ、自身の目で確かめてみてください。
小説版も、映画版も、内容はほとんど同じです。どちらもおすすめですが、内容がぎっしり詰まっていてわかりやすいのは小説版です。
(私は表紙にちょっとだけ香水で香りづけをして楽しみました。臨場感があってお勧めですよ)
ぜひ、香りの世界をお楽しみください。