オクトパスの神秘:海の賢者は語る

オクトパスの神秘:海の賢者は語るのレビュー・評価・感想

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オクトパスの神秘:海の賢者は語る
8

彼女と僕の物語

本年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート作品。

ドキュメンタリー作家のクレイグ・フォスター。
『エヴァ』の庵野監督さながら仕事に没頭する余り心身共に疲れ果て、撮影機材すら視界に入れたくなかった時期があったという。
そんな時、癒しを求めて南アフリカの海へ。
時に寒さと荒波の厳しい大自然ながらも、圧倒的な美しい蒼い大海原!
それだけでも癒されそう。
しかし、それだけではなかった。
その海に抱かれるようにして、“僕”は“彼女”に出逢った。
南アフリカの魅力的な女性…ではなく、メスのマダコ。

…タ、タコ!?
そう、タコ。
これは、タコと人の交流の一年間を捉えたドキュメンタリー。
疑問や失笑が過る。
モンスター映画の見過ぎかもしれないが、どうもタコと言うと巨大化して船や人を襲うイメージ。それならまだしも、普通のタコのドキュメンタリーって…。
でも何より、タコと人の交流。
そんなの出来る訳ないじゃん!
だって、相手はタコですよ、タコ!
…と、思ってるアナタ、本作を見て驚かされ、魅了されて下さい。

勿論最初は交流の“こ”の一文字すらあったもんじゃない。
警戒心が非常に強く、近付くだけですぐ逃げる。
しかし“僕”は、タコの不思議な生態に興味を抱いた事もあるが、“彼女”にまた逢いたい一心で毎日のように海に潜り、通いつめる。
高い知能を持つ陸上哺乳類なら毎日のように触れ合えば、相手もこちらを認識し心を開いてくれるだろう。
が、相手はタコ。絶対無理と誰もが思う。
すると、驚くような事が…!
通いつめる内に、“彼女”が手(本来なら“足”だがここでは敢えて“手”と)を差し伸べてきた。
吸盤…人間で例えるなら手の指で“僕”の手を取る。
さらに驚くような光景が。
近付くだけで逃げていた“彼女”の方から“僕”の方にやって来て、“僕”の胸に張り付く。
たまたま戯れているのか…?
それならあんなに穏やかでいる訳がない。
間違いなく、“彼女”は“僕”を認識している。

海の軟体生物だから知能なんか低い…いや、ほとんど無いと勝手に思い込んでしまったが、実は非常に知能が高いという。比較すると、犬や猫並みと言うのだから、驚き!
地球上に住むあらゆる生物で高い知能を持つのは人間様!…と傲慢になってはならない。
寧ろ、人は欲や争いの為に使い(勿論研究や発展の為にも使っているが)、自然界の生物は知能を進化や生きる為に使っている。

そう、生きる為に。
“彼女”も過酷過ぎる弱肉強食の世界に身を置いている。
サメが襲撃。岩影に身を隠すも、足を食いちぎられる。
“僕”は本当は助けたかった。でも、それは出来なかった。何故なら、自然のルールに反するから。
もし“彼女”を助けたら、他の獲物になる生物は…? キリがない。
弱々しく巣穴に戻る“彼女”。数日経ってもずっと動かないまま。このまま…?
不安し、覚悟する“僕”。
だが暫くして、“彼女”は回復した! 食いちぎられた足も再生し始めた。
これまた驚異的な生態。いや、神秘的な生命力と言っていい。
ターゲットとなった“彼女”だが、今度は“彼女”がターゲットを狙う。
カニやウミザリガニを捕食。
再びサメに追われ…。
これが、自然界なのだ。

別れは突然やって来た。
いつものように“彼女”の元へ行くと…
大きなオスダコが。
交尾。
産卵した後、メスダコには大事な仕事が残っている。
卵が孵化するまで世話をする。
その間、片時も離れず、餌も取らず。
つまり、“彼女”はどんどん衰弱していく。
人の運命や生態あるならば、タコにだってある。
命を命へ。
我が子たちへ、母から無償の愛。
産まれた子ダコたちは数え切れないほど。
しかしその中で生き延びる事が出来るのは、ほんのほんの一握り。
母の命を受け継ぎ、この厳しい大自然界で生き延びていく。

“彼女”の最期…。
力尽き、波に流され、巣穴の外へ。
魚たちが群がり、そこに最大最悪の天敵が…。

“彼女”と“僕”の物語は約一年。
海に潜る度に思い出すという。忘れられないという。
でも、ホッとしたともいう。
“彼女”を追い求め追い求め、没頭し続けたら、それこそ振り出しに戻る。
“彼女”は“僕”に癒しと立ち直りの時を与えてくれた。
そして今“僕”は、息子と海に潜り、仲間と美しい海中のケルプの森を見守っている。
全ては“彼女”が居たから。
ありがとう。
これは、“彼女”と“僕”のラブストーリー。