ハル研究所

ハル研究所

株式会社ハル研究所(英: HAL Laboratory, Inc.)とは、主にゲームソフトウェアや開発システムの制作を行う日本の企業である。1980年2月21日、西武百貨店池袋店のパソコンコーナーに集っていた岩田聡ら大学生のマニアたちを中心に、岩崎技研工業の出資によって秋葉原のマンションの一室からスタートした。社名の「HAL」は、当時最大のコンピュータ企業であったIBMの一歩先を行くという意味を込めて、アルファベットを1文字ずつ前にずらした『2001年宇宙の旅』の人工知能「HAL 9000」に倣って命名されたとされる。創業当初はパソコンの画像・サウンド能力を向上させる「PCGシリーズ」などの周辺機器や、コモドール社のパソコン向けゲーム開発で実績を上げた。その後、1984年に任天堂のファミリーコンピュータに参入し、出資を受けて同社のセカンドパーティーとなってからは『ピンボール』『バルーンファイト』などの開発に深く関与した。
1980年代後半にはMSX用の統合環境「HALNOTE」の開発など多角化を進めたが、パソコン関連事業の不振や、1991年に建設した山梨開発センターにともなう多額の借入金金利が重荷となり、1992年6月22日に負債総額約50億円を抱えて和議を申請し倒産した。しかし、その高い技術力を惜しんだ任天堂の山内溥社長が、当時開発責任者であった岩田聡を再建社長とすることを条件に資金援助を決定。1993年に社長に就任した岩田のもと、事業をゲームソフト開発に一本化して挑んだ『星のカービィ 夢の泉の物語』が全世界で175万本を超える大ヒットを記録し、さらに『MOTHER2 ギーグの逆襲』なども成功を収めたことで、1999年には計画通り6年で負債を完済して経営再建を果たした。
再建後は『星のカービィ』シリーズや『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズなど任天堂ハード向けの基幹タイトルの開発に注力するほか、任天堂ゲーム機の本体機能やサービスの開発も手がけている。2017年にはスマートフォン事業向けブランド「HAL Egg」を立ち上げて『はたらくUFO』をリリースしたほか、往年のマイコンをミニサイズで再現した「PasocomMini」を発売し、25年ぶりにハードウェア事業へも復帰した。また、長年『星のカービィ』のIP管理を行っていた関連会社の株式会社ワープスターは、2025年4月に任天堂の連結子会社となり、同年8月には「ニンテンドースターズ株式会社」へ商号を変更して任天堂のIPを用いた映画二次利用事業を担う完全子会社として再編されるなど、任天堂グループの戦略においても極めて重要なパートナー企業となっている。

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