折田至

折田至

折田 至(おりた いたる)とは、日本の映画監督、演出家、テレビプロデューサー、UFO研究家、発明家である。1934年1月3日生まれ。アイデア開発研究所の代表や発明協会の会員を務め、鹿児島県鹿児島市出身で千葉大学工学部工業化学科(写真映画専攻)を卒業した。
1958年に東映へ入社し、助監督として東映京都撮影所に配属された後、1965年からは東映東京制作所に所属。1966年の日本テレビ『丸出だめ夫』で監督へと昇進し、以降は『悪魔くん』や仮面ライダーシリーズなどの特撮テレビドラマの監督として活躍した。1978年には東映本社テレビ事業部プロデューサーに就任し、スーパー戦隊シリーズ『バトルフィーバーJ』をはじめとする東映キャラクター路線を支えた。その後は東映のアニメ作品を手掛けたほか、『宇宙刑事ギャバン』から『機動刑事ジバン』に至る東映メタルヒーローシリーズのプロデューサーを吉川進とともに歴任。これらと並行して『超人機メタルダー』や『世界忍者戦ジライヤ』などの監督も務め、『ブルースワット』第36話の監督を最後に1994年1月に東映を定年退職した。退職後は東映アカデミーの非常勤講師や、尚美学園大学、千葉大学、東京ビジュアルアーツなどで講師を務めたほか、1997年にはビデオ撮影・編集スタジオ「アイデア開発研究所」を設立した。
また、UFO研究家やUFO探知機の発明家としても知られ、1970年代のUFOブームの際には『3時のあなた』などのワイドショーへ度々出演した。弟子には映画監督の竹内英孝がいる。2006年9月27日午後10時33分、腎不全のため72歳で逝去した。

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