仁和令子

仁和令子

仁和 令子(にわ れいこ)とは、日本の女優、歌手である。本名は佐藤 知佐子(さとう ちさこ)、旧姓名は小坂 知佐子(こさか ちさこ)。大阪府吹田市出身。1958年1月17日生まれ。現役時代は西郷エンタープライズに所属していた。
バンドマスターのチャーリー石黒にスカウトされて上京し、堀越高等学校へ入学。1974年に「小板 チサ子」の芸名で毎日放送の特撮テレビドラマ『仮面ライダーX』に出演しデビューを果たした。その後「小坂 知子」に改名して梅花高等学校に転入し、関西へ活動拠点を移してテレビドラマ『冬の陽』などに出演した。両親から「自宅から仕事場に向かうこと」を芸能活動の条件とされていたため、東京での収録の際は新幹線で通勤していた。
梅花女子大学進学後は学業と女優業を両立させ、ラジオのDJとしても活動した。本格的に女優の道を進むため1979年に大学を休学し、西郷エンタープライズへの移籍を機に芸名を「仁和 令子」へと改め女優業に専念した。1978年には『銭形平次』へレギュラー出演し、主演の大川橋蔵が名付け親となった「久永 智子」の芸名を用いた時期もある。1982年には『大岡越前 第6部』にレギュラー出演したほか、必殺シリーズや『暴れん坊将軍』など多くの時代劇作品で活躍し、その「時代劇向きの顔立ち」が高く評価された。
1984年には「TOKYOワルツ」で歌手としてもデビュー。その後、シンガーソングライターの佐藤隆と結婚し、1986年の香港映画『皇家戦士』への出演を最後に芸能界を引退した。引退後は1994年のテレビ番組『堀越学園同窓会』に夫婦で出演し仲むつまじい姿を見せていた。
2017年に介護ソングユニット「まねきねこ」を結成し活動を再開したが、2018年5月に入院した際、全身に転移したステージ4の末期がんであることが判明。同年7月5日、肝不全のため東京都渋谷区の病院で死去した(享年60)。

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