マルコヴィッチの穴

マルコヴィッチの穴のレビュー・評価・感想

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マルコヴィッチの穴
10

好きな映画を聞かれたらこの作品の名前をあげる

この映画は、初めて観た時には、なぜ人々がジョン・マルコヴィッチなる中年俳優の人生に入り込むことに魅了されてしまうのかが理解できなかった。

しかし、今観ると実感を伴って理解できる。
ネット普及後の社会では、有名人のSNSを夢中になってチェックしたり、ユーチューバーの日常の動画を延々と観ていたりすることが当たり前になってきている。実際のところ、そんなに娯楽性の高いものでもないのに。
そして、人によっては嫌いな有名人の言うことに激怒してわざわざ批判コメントを書き込んだり…。
これらは、ジョンマルコヴィッチの人生を眺めていることの退屈さと、さほど変わらないのではないだろうか。

ニュースで話題の人の噂話、ひいきのサッカーチームを応援するなど、昔からあったことだが、人間は他人の人生の心配に夢中になることで、自分の人生から解放され、自由になれるのであろう。
僕が若い時には、自分の生活が充実していたので、他人にそこまで興味がなく、この映画もピンと来なかったのだ。

しかし、人間はおじさんおばさんになってくると、自分の人生よりも他人の世話を焼くことが楽しくなってきてしまうのだ。そのために、人は歳をとると子供のために生きることに充実感を感じる。

この物語の主人公夫婦には、子供がいない。会話によると、経済的理由だという。その代わり、夫は人形に、奥さんは動物に依存することで、自分の人生から逃避している。
永遠の生命を維持するために、他者に憑依し続ける会社社長(元船長)も、結局自分の生きたい人生を生きられているようには見えない(社長はコミュ障のために友達がつくれない孤独を告白するが、後半友達がたくさん出てくるのには矛盾を感じるが)。

自分の人生と向かい合うことから逃げ続け、他者の人生を眺める快楽に夢中になった人間は、どんな末路へ向かっていくことになるのか。
この快楽は地獄でもあることを、最後に思い知らされることになる。

人に、好きな映画を聞かれたら、まず1本目に答えるのがこの作品である。