夢のその後の現実、デビュー後の漫画家の悲哀。小野田真央の傑作
夢だった漫画家になったものの、担当編集と合わずに連載途中で漫画が打ち切りになり、単行本を出せずに終わった主人公。漫画家にとって雑誌デビューで終わるのと単行本を出せるまで活躍出来るのとでは天と地ほどの差がある。漫画の月刊誌や週刊紙で「この作品面白いのに単行本出てないな」、そう思う作品に出会ったことがある人は多いと思う。収入面でも雑誌止まりの人は苦しむ姿がこの漫画には書かれていて、漫画家のリアルが垣間見える。原稿料で食いつなぎ、自分のプライベートな時間を犠牲にして、漫画に心血を注ぐ。しかし、ちょっとした行き違いやすれ違いで編集部と仲違いして、漫画家としての仕事を失ってしまう主人公は、一般企業に就職することを思い立つ。この主人公は学生時代に漫画家デビューしている設定なので、就活について詳しくない。漫画家という色眼鏡で見られがちな仕事しかしたことがないのに、いきなり正社員を目指している。「そりゃ、面接にも辿り着けずに落ちますよ」と読者は言いたくなると思う。しかも、一社だけホワイトカラーの仕事に受かったのに主人公は初日から出勤出来ずに地下鉄の駅のベンチで座り込んでしまう。なんてもったいない。ホワイトカラーのオフィスワークなんてものすごい倍率なのにと読者は思うだろう。それと同時に漫画家としてまだまだやりたいことがある主人公の気持ちも痛いほど分かる。地下鉄に乗れない主人公に共感してしまう。自分がもし彼女の立場なら、やはり漫画家でまだやりたいと思うだろう。
設定通り三十代前半まで職歴なしなら、まずアルバイトでタブルワークして漫画家ではない普通の仕事の実績を作らないと正社員への道は開けない。もしくは派遣や契約社員からステップアップする方が確実になる。主人公もそれに気がついてアルバイトをしながら漫画を再び書き出す。そして、自分を育て上げ、自分を最後に突き放した編集長と対峙する主人公の花咲さん。人は壁を乗り越えるために創作するという趣旨の作中の言葉がとても印象的だった。主人公の花咲さんにとって編集長との軋轢は人生における壁だった。その壁を乗り越えた主人公は、また苦しみながらも漫画家として活躍してくれそうだ。漫画家や小説家などで、公募で名前が載ったり、入賞したりした人、デビューしたけど泣かず飛ばずで辞めて違う仕事についた人は共感すると思います。そこまでではなくても、創作を趣味にしている人ならこの主人公の切ない気持ちが分かるはず。
また、お子さんが漫画家になりたいと言い出して困っている親御さんは、この漫画をお子さんにプレゼントするといいと思う。ずっと上手くいく保証なんてない厳しい世界だと親が百回お説教するより、この漫画の方が説得力がある。途中で上手く行かなくて漫画家を辞めるとどれだけ就活に苦戦するか、かなりしっかり三十代の就活について描いてある。そして、それでもあなたは漫画家になる?なりたい?漫画家になる覚悟を問いかけてくる名作。漫画家志望のお子さんが本気なのか親御さんが試すにはぴったり。この漫画を読めば、お子さんは仕事をしながら漫画を描いてデビューするまでは二足のわらじを履く覚悟が出来るはず。お子さんもデビューした漫画家すら漫画一本で食べていくのがかなり辛いと理解してちゃんと仕事しながら漫画描くようになる。親御さんがそう信じてこの漫画を全巻プレゼントしてあげてほしい。