ジョニー・ロットンの成功
「セックス・ピストルズ」について書く。ピストルズと言えば個性的なヴォーカル(ジョニー・ロットン)の歌い方と4弦しか使っていないと言われるシド・ヴィシャスのベースだ。歌詞には、英語として意味不明な文法がある。
また、ヴォーカルの声が呂律が回っていなく感じる。これには答がある。27年ほど前の早朝、NHKでセックス・ピストルズ特集をやっていて、深夜ラジオを聴いた後たまたま見た。
ヴォーカルの方がインタビューに対してこう答えていた。「俺には生まれつき脳疾患があって、『成功するのは無理だね。せめて人並みに暮らせれば凄く幸せだろう』と言われていた。でも俺は人生で成功をしたしこんな豪邸に住んでいる。俺は満足している」。ヴォーカルの人は生まれつき知的障害者だという事をその時初めて知った。私は目頭が熱くなった。心から「よかったね」と思った。ひょっとしたら、ライブの時のあの動きも障害のせいかもしれない。
乙武さんや彼のような人を見ているとこう思ってしまう。「自分は満足してはいけないのではないか」。生まれつきハンディキャップがある人が「俺はできた」というのは良いが、自分が「成功した」と思っては駄目なのではないか。死ぬまで絶えず上を目指さなくてはならないのではないか。
学生の時NHKのこの放送を見た後、自分が少しずつ仕事等でできることが増えても以前より満足できなくなった。「じゃぁ、次は?他にもっとできることはないのか?」と思うようになった。「理想を高く持て」というが、(今回の話に関係がなく)元々私には目指す理想などない。出来うる限りのことを行い、階段を登り続けるのが自分にとって理想だ。
「健常者なんだから次から次へと考え、よりベターで近道な事を行うのが当たり前」と思うようになった。この考え方をくれたセックス・ピストルズのヴォーカルに感謝すべきなのだろうか。