ショコラ

19580113-mhのレビュー・評価・感想

ショコラ
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ラッセ・ハルストレム監督が描いた、美しく夢のような不思議なおとぎ話の世界

この映画「ショコラ」は、ラッセ・ハルストレム監督が描いた、美しく夢のような不思議なおとぎ話の世界ですね。

悠々と広がる、のどかな田園風景と小川のせせらぎに囲まれた丘の上にたたずむ小さな村。
カメラがその村に近づいていくと、"Once upon a time----"のナレーションが重なって来て、この夢のような、美しく不思議なおとぎ話の世界が幕を開けます。

「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」「ギルバート・グレイプ」の名匠、ラッセ・ハルストレム監督が奏でる心優しく、ハートウォーミングな素敵な映画「ショコラ」。

この物語の舞台は、フランスのある架空の村、ランクスネ。
この村に住む人々は、昔からの伝統と戒律を守り、穏やかで静かな日々の暮らしを送っています。

すると北風の吹く、とある日に真っ赤なコートに身を包んだ母娘がこの村へとやって来ます。
母のヴィアンヌ(ジュリエット・ビノシュ)と娘のアヌーク(ブィクトワール・ティヴィソル)は、閉店したパン屋を借りて、そこにチョコレート・ショップを開店します。

チョコレートの効果を知り尽くしたヴィアンヌは、村のお客それぞれにぴったりと合ったチョコレートを勧めていき、昔からの厳しい戒律に縛られた村人たちは、最初はよそから来たこの母娘に警戒心を抱きますが、次第にヴィアンヌの作るチョコレートの虜になっていきます。

とにかく、この映画に出て来るチョコレートのおいしそうな事。
人間の快楽を解放してくれる力のメタファーとして出て来るチョコレートは、何とも言葉では言い表せないような"ファンタジックな説得力"を持っています。

村人の恋愛を取り持ったり、親子の仲を改善したり、暴力的な夫に虐げられていた女性を自立させたりと、ヴィアンヌの作るチョコレートは、まるで魔法の薬のような、夢のような効果を生み出します。

このように全てが、幸せの内に物事が運んでいき、村の人々にポジティヴな生きる勇気を与えていきます。

これらのシークェンスで、人間を見つめるラッセ・ハルストレム監督の優しいまなざしを感じて、我々、観る者の心を和ませ、豊な気持ちにさせてくれます。

そして、この映画で描かれている"伝統と変化の衝突"は、実は大昔から人間の歴史を通じて繰り返されて来た、ある種の真実であり、リアリティに深く根差していると思います。
だから、このような相克に戸惑い、苦悩する村人たちの姿に共感出来るのだと思います。

登場する村人の一人一人の表情には、豊かな人間性が溢れ出ていて、我々の生活空間の中でも、とても身近な存在のように思えて来ます。

ラッセ・ハルストレム監督が描くこのようなコミュニティは、時代や国境をも越えたところで、人間同士の心の触れ合いの機微といったものを感じさせてくれます。

この「ショコラ」という映画で、ラッセ・ハルストレム監督が訴えたかったテーマというのは、多分、風のようにこの村にやって来た、この主役の母娘が、閉鎖的な村に吹き込んだ自由でおおらかな空気の恩恵を、彼女たち自身が被るところにあるような気がします。

人は何を排除するかではなく、何を受け入れるかが大切なんですよ----という"寛容で慈悲"の精神が、村をそして、村人たちを変えていきます。

当然、その結果として、チョコレートで人々に愛を分け与えてきた、この母娘は、村人たちに受け入れられ、彼女たち自身も優しい愛に包まれていきます。

そして、この映画の中で印象的で忘れられないのが、ジプシーのルー(ジョニー・デップ)が、チョコレート・ショップの壊れた戸を修理する場面です。

戸が修理された事で、いつも吹き込んでいた風がやみます。
それは、北風と共に旅を続けていた、この母娘の旅の終わりというものを象徴的に暗示しています。

遂に訪れた安住の地。やがて春が訪れ、この映画は静かに幕を下ろします。
この詩的な余韻を漂わせたラストには、本当に心が癒される思いがしました。

ヴィアンヌを演じたジュリエット・ビノシュ、ルーを演じたジョニー・デップ、二人共、肩の力が抜けた自然体の演技を示していて、この"美しく夢のような不思議なおとぎ話の世界"に、すんなりと溶け込んでいて、とても素晴らしかったと思います。

そして、何といってもチョコレートのスウィートで、カカオの効いたビターな"ラッセ・ハルストレム節"を存分に、楽しく味わえた至福の時を持てた事の喜び。

本当に映画って素晴らしいなとあらためて感じました。