日本ロック界の伝説のミュージシャン
「昭和40年代に生まれたロックが好きな人」と言えば、忌野清志郎は外せません。残念ながら、2009年に58歳で病気のため亡くなってしまったあとも、曲がCMソングとして使われたり、音楽番組で映像が流れたりしています。
フォークソングを歌っていたデビュー当時長期間売れず、やがてロックやリズム&ブルースに影響を受けると、派手な化粧と奇抜な衣装で、ライブ調に激しく歌うスタイルのミュージシャンでした。
バンドのRCサクセションのボーカルとして活躍し、日本武道館で行われたクリスマスコンサートが恒例になっていた時期がありました。
矢沢永吉のような不良少年のイメージか、サザンオールスターズのようなビーチロックが多い日本のロックにおいて、忌野清志郎はどちらにも属していませんでした。部分的にパンクロックを取り入れたうえ、さまざまな曲調を織り交ぜ忌野清志郎は歌い上げました。
バンドが解散しソロ活動になると、歌のジャンルをより問わなくなりました。有名な「パパの歌」のほか、子どもも歌える優しい歌を歌った「ぼくの目は猫の目」は、NHKみんなのうたで紹介されました。
普段話しているときと全く異なる、男性にしては比較的高い独特の声はものまねし難く、聞くとすぐ忌野清志郎だとわかりました。
歌だけではなく、映画やテレビドラマに出演した俳優として印象深かったのは、妖怪役でした。