JazzからEDMを繋ぐ、ヒップホップを媒体にした音楽旅行
90年代のDTMの隆盛以降、EDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)がチャートを席巻するようになり早や30年近い時が経つが、あまたユニットの中でも最も過小評価されているグループの1つがA Tribe Called Quest(以降、ATCQ。’88年NYにて結成)である。
ATCQは、特攻隊長・ファイフの勢いと張りのあるフロウと、 Qティップの倍音の効いたカン高い独特のライムが織りなす2MC+アリのイナタいDJプレイで完成するHipHopトリオだが(1stアルバムまでジャロビも含めた4人組)、その活動の振り幅はHipHopの枠に留まらない。
当時「ダサい音楽」に押しやられていたジャズやフュージョンの中でも更に渋めの楽曲を大胆にカットアップして作られた1stアルバム「People's Instinctive Travels and the Paths of Rhythm(90年)」、2ndアルバム「The Low End Theory(91年)」の2作だけで、瞬く間にブレイクビーツの歴史を塗り変える。「Jazz Rap」や「New School」などと称され、それまで「ただの子供用音楽」と捉えられていたHipHopに、ジャジーでスタイリッシュなテイストを加え大人の鑑賞にも耐えられるサウンドに昇華。当時メンバーが20歳前後という中で、既に芳醇な深みを感じさせるプロデュース・ワークで、日本のラジオ番組をサンプリング使用したり、歴史的ベーシスト、ロン・カーターの生音とHipHopを融合したりと、その創造性もデビュー時から群を抜いていた。
3rdアルバム「Midnight Marauders(93年)」で全米トップ10入り、4thアルバム「Beats, Rhymes and Life(96年)」 で全米No1を獲得し、名実ともに一線級ユニットになるも、音の進化を止めることは無く、5thアルバム「The Love Movement(98年)」では、R&Bはもちろん、エレクトロニカ~トリップホップ~EDMにも接近。「非HipHop系」の音楽人の耳をも唸らせ、砂原良徳(元・電気グルーヴ、現・METAFIVE)も名作「LOVEBEAT(01年)」制作時に「音作りの参考にした」と公言。
サウンド面の中心人物でもあったQティップは、90年代後半から音楽プロデュース集団「The Ummer」「The Abstract」等を次々に組織し、ディアンジェロやJディラなども参加。大胆にサンプリングを加工しながら(逆再生や切り刻み等)、限りなく音数を減らして作り上げる都会的なサウンド・スケープは、後のニュー・ソウル・ムーブメントの礎にもなる。J-Pop界においても星野源やCero、King Gnuなど、ATCQもしくはQティップの影響を受けたアーティストも枚挙に暇がない。
その後、解散・再結成を何度か行うも、’16年オリジナル・メンバーであるファイフの急逝により二度と復活することはかなわなくなった。
HipHopの地に安住することなく常に流転しながら、心地よいライムとビートを追求し続けたATCQ。その自由な音楽スタイルゆえに評価も分散された感もあるが、有形無形の影響力を多くのジャンルのミュージシャンにいまだに与え続けている稀有なHipHopユニットである。Qティップは’18年よりニューヨーク大学で教鞭を執っており、その直系の愛弟子が表舞台に現れることを心待ちにしたい。