おっさん、夢を見る。
ここは怪獣大国日本。
世界でも指折りの怪獣発生率を誇るこの国を守るのは、怪獣と唯一戦うことができる防衛隊員たちです。
そして「日々野カフカ(32歳)」は、防衛隊員に憧れたかつての少年であり、現在は夢破れたおっさんです。
腹はちょっとぽっちゃりめ。中年ですもの、そんなものじゃあないかしら。
防衛隊員に憧れたものの、試験に落ち、入隊の年齢制限をとうにこえて32才。
今は倒された後の怪獣の体を解体して掃除する仕事をしています。
冴えないおっさんで、冴えない日常。
そんな彼のもとに入った新しいアルバイトの青年「市川レノ」は、かつての自分と同じ様に防衛隊員を目指しています。
彼は尋ねます。「なんで諦めたんだ」と。
カフカは答えます。「年を食えばわかるようになるさ」と。
レノは「わからない」と言いました。「諦めないからわからない、わかりたくもない」と、冴えない人生を拒絶するように。
カフカはなにも言えません。諦めた夢破れた男には、何も。
冴えない男が、そこに一人、いるだけ。
それでも日常は続いていくから、カフカはレノと一緒に今日の仕事を進めます。
怪獣の腸の解体は臭くてきつくて、レノはすっかり参っていて。
カフカは笑いながらも、当たり前のようにレノに鼻栓と、ゼリー飲料を手渡しました。
冴えなくても、カフカは善良な男だから。
カフカの仕事をこなす姿に、思うところでもあったのか。
その日の夕暮れ、レノはカフカに、「引き上げられますよ」と言いました。
防衛隊員の年齢制限は、引き上げられると。「どうでも良いですけど」と、照れくささを隠すように。
「ありがとうな」と。
冴えない顔に、ほんの少しの柔らかさを添えて笑ったカフカに、「そんなんじゃない」と言おうとしたレノを、カフカは突き飛ばしました。
彼の背後に、まだ戦おうとしている生き残りの怪獣が見えたから。
カフカはレノに「逃げろ」と。叫びました。「防衛隊員になるんだろう」と。
悔しげな顔で走っていくレノの顔を見送って、ちっぽけな冴えない男カフカは、自分よりずっとずっと大きな怪獣に向き合います。どうにもならないとわかりながら、そのちっぽけな背中で向き合いました。
それで?そうして、彼はどうなったんだって?
そこは、どうぞその目で確かめてくださいませ。
このお話は、愚直で、丁寧で、誠実で、凡庸で、美しいお話です。
主人公の冴えなさと、それでも此処ぞというところで踏ん張る強さ。
あまり若くもなくて、でも夢を諦めきれるほど老いてもいなくて。
そんなカフカがあがく姿は、胸を打ちます。
日常の一コマ一コマに行き届く丁寧な描写。
普通の物語がスポットライトを当てない場所に、話をズームアップしてみせる、作者の眼差しの優しさと新鮮さ。
そして何より、真ん中に一本通った、まっすぐな、カフカの善良さ。
「漫画なんて、読み飽きた」とか、「もう子供じゃあないのに」とか、そう思う貴方。
貴方が私と同じ様に、この本を取ってくれることを願っています。
カフカという、冴えなくて格好いいヒーローが、私の心に与えてくれた喜びを、貴方も感じてくれたら嬉しいです。