松岡直也

松岡直也

松岡直也(まつおか なおや)とは、日本のジャズピアニスト、作曲家、編曲家である。1937年5月9日生まれ。神奈川県横浜市出身。日本におけるラテン・フュージョン音楽の第一人者であり、ラテンピアニストの巨匠として広く知られる。
15歳でプロデビューを果たし、独学で培ったピアノ演奏と編曲の才能を発揮した。「浜口庫之助とアフロ・クバーノ・ジュニア」への参加や青い三角定規「太陽がくれた季節」の編曲など、歌謡曲やTV・映画音楽の作・編曲で頭角を現した。1970年代後半からは「松岡直也&ウィシング」や「松岡直也グループ」といったバンドを率い、ラテン・フュージョン路線を本格化させた。1982年のベストアルバム『九月の風』はインストゥルメンタル作品としては異例のオリコンチャート2位を記録する大ヒットとなった。また、スイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルへの出演を通じ、国際的にも高い評価を獲得した。
テレビ番組『ニュースステーション』のテーマ曲や、アニメ『ハートカクテル』の劇伴を手掛けたほか、中森明菜に提供した「ミ・アモーレ〔Meu amor é…〕」の作・編曲で第27回日本レコード大賞を受賞するなど、多方面で足跡を残した。晩年まで闘病を続けながら音楽活動を精力的に展開し、2014年4月29日に前立腺がんのため76歳で死去した。

senan5のレビュー・評価・感想

松岡直也
10

星になったラテンミュージックの雄

15歳からプロのピアニストとして厳しい世界に飛び込んだ松岡直也は、2014年にその生涯を終えるまで、数多の名曲を世に送り、また「松岡ゼミ」とも呼ばれた、厳しい彼の指導を受けたバックバンドメンバーからは、和田アキラ、カルロス菅野、大橋勇、高橋ゲタ夫といった、ポップス、ジャズのジャンルの垣根を越えた腕利きのスーパーミュージシャン達を輩出。また、楽曲提供も数多く行われている。
松岡直也氏の功績として、フュージョンと呼ばれるジャズとロックをクロスオーバーさせたジャンルの音楽と、マンボなどに代表されるラテンミュージックを見事に融合させたことである。その美しいリズム、メロディから大手自動車メーカーのCMソングや、ニュース番組のBGMなど幅広く活用され、またジャズフェスなどでは人気を博した。
穿った、そして熱心なファンの方々からお叱りを受けてしまう言葉かもしれないが、ジャズ=小難しい、フュージョン=スーパーのBGMというイメージが先行してしまっているようである。
一見すると、ポップの世界からは離れているように見える松岡直也の音楽は、実はジャジーで、ポップで、なおかつロックなのである。厳しい音楽の世界に身を置き、その生涯を捧げた彼の生きざまは、穏やかな表情とは裏腹に、まさにハードロックやヘヴィメタル、パンクロック以上にロックなのである。
氏の死から6年という歳月が経とうとしているが、トリビュートバンドや後進の腕利きミュージシャンたちにその魂は引き継がれて、若い世代も含めて多くの観客を魅力している。