シビアファンタジー『マジカルランド』シリーズは、何故サクサク読めるのか?
ファンタジー作品に夢を求めすぎているのかもしれませんが、案外シビアな展開、設定があったりもするもの。それでもこの『マジカルランド』シリーズは面白いんです。ファンタジーというもの、本来は幻想的なものの体裁をとった教訓だったりするわけですが、こちらのシリーズは教訓こそあれど鼻につくことなく読めるんです。
あらすじ・ストーリーと世界観
作中では「魔術」が使用されますが、主人公スキーヴは当初その力を使って「泥棒家業」を企んでました…。しかし師匠は死亡、突如「魔物」が現れます。師匠を殺したのは別の人物なんですが、問題はこの「魔物」。全身緑のうろこに覆われた彼ことオゥズ、実は別の「次元」から来たんです。
劇中における「魔物」とは、つまり別の「次元」から来たいわば「異邦人」。スキーヴでさえ、別の「次元」では「魔物」という扱いになるのです。「次元」とその認知度は「次元」によって異なり、オゥズの生まれた「パーヴ」は魔術と科学が発達した高度な次元。ある事情で魔術を封じられてしまったオゥズは、何も知らないスキーヴと師弟関係となり、魔術だけでなく様々な次元、「社会」のことも教えてくれるのでした。
この世界では「術力線」と呼ばれる魔力の流れがあり、訓練でそれを見つけて体内に取り込んで始めて魔法が使えるわけです。蝋燭の火をつけることさえ苦戦していたスキーヴが、様々な試練により術力線を取り込めるようになるのには、それなりの訓練がありました。
教訓が鼻につかない、むしろ励みになる
教育、仕事に関する苦労や不満。「何をどうしたらいいのか分からない」出来事が次々訪れますが、それが「これファンタジーだよね!?」と聞きたくなる程にリアル。場合によってはシビアな結論に至ることもあります。と言って暗い気持ちにはならず「なるほどな」と納得。ある程度の心構えができたような気になります。
事実上の最終巻となった『魔法塾、はじめました!』では世間知らずの「生徒」6人を教える羽目になりますが、そこでもスキーヴは「未熟」な面(少なくとも教師としては)を見せるのです。それでも読む方はガッカリしないのです。むしろ教員の方など励みになるかもしれません。
一人称型により、広がる世界観
小説の場合、人物のセリフ以外の文章は三人称型か一人称型に大別されますが、この作品は常に一人称。といって、必ずしもスキーヴが語り手ということはなく、スキーヴが登場しないかい、シーンさえあるのです。それでも物語が成立する。日本語訳の場合は口調によって文体そのものが変化。もとより違う人生を送ってきた各キャラ特有の価値観、考えが垣間見えるのが一人称型の面白さでしょうかね。
ただでさえ様々な「次元」が存在するこの作品においてでさえ世界観が膨らむのですが、どこまでも大きくなりすぎず、ちゃんと風呂敷がたたまれるのもすごい所。リアルな面があるからこそ共感もできるし、主人公をはじめ他キャラも成長していきます。
皮肉、ユーモア満載
何よりもこの作品、というか作者の売りはそのユーモアセンスでしょう。顔文字で喜びを表現したり、勘違いをうまく利用して儲けるなど、オゥズが金に汚かったり。電話やインターネットに関する皮肉も盛り込まれていますがそれは味付け程度。皮肉といってもあまり厭味ったらしくなく、どこか爽快なんです。
登場人物・キャラクターが魅力的
これに尽きるでしょうね。キャラが立っているから物語も魅力的になる、ということもあるでしょう。「変装魔術」や運に助けられて「大物魔術師」として多くの次元で名が通ってしまい、引退を決意して修行のやり直しを決意するスキーヴ、金に汚いとはいえ、スキーヴに魔術や社会、人生を教えた経験豊富な師匠オゥズ。ドラゴンのギャオンに、セクシーな殺し屋タンダとその兄(似ても似つかないブサメンだが、性格は知性派で優しい)チャムリィ、ギャング団などなど。
皆殺し屋だったり「裏稼業」の仕事をしていたりしますが、多次元の生物であろうと人間的で愛すべきキャラなんです。経験豊富であっても弱みを見せたり、語り手として皮肉めいた言い回しをしたり。スキーヴの付き人たるグィドは口調は悪いですが、語り手に回った時はそれなりにですます調を使ってました。そこら辺が彼の人間性を見せているように思います。
まとめ
ユーモア、魅力的なキャラ、独特の世界観など読みどころ満載、読み応え十分です。ハヤカワ文庫FTで16冊分。どこから読んでも面白く読めますが、中には前作を読んでいないと分からない部分もありますので、順当に読むのもアリかと。でも一番に読むのは第一作『お師匠様は魔物』ですかね。