アノ人は今…かつての東大卒美女タレントの一人、ケイコ先生について
東大出身の美女タレントが多数輩出されていますが、高田万由子さんなど、割と早くからいたわけです。その一人がケイコ先生。かなり特殊な事情で芸能界入りすることになったケイコ先生の、過去と現在は…?
『電波少年的東大一直線』の家庭教師
その昔、といっても90年代、『進め!電波少年』という番組がありました。マイナーな芸人に「大陸横断ヒッチハイク」だの、色々と無茶な企画を実行させていた、色んな意味で度胸のある番組です。
現在毒舌芸人として知られる有吉弘行さんも、実はこの番組出身。「猿岩石」というコンビで大陸横断を果たし、歌まで出したんです。
今回のテーマは、電波少年の系列ともいえる『進ぬ!雷波少年』からテレビ出演を果たすこととなった異色の東大美女、「ケイコ先生」です。
やらせかどうかは別として…
元々は「大学に行きたい」という小倉一真という芸人が東大を目指し猛勉強!という企画だった。
出典: ja.wikipedia.org
しかし、この人が脱走しちゃうんです。二度目の脱走の時、彼は言いました。「家庭教師いないんですか」そう、彼は一人で勉強してたんです。ずっと孤独な戦いを続けていたわけですが、確かに導いてくれる人は必要だよな、となり。
「東大生の人いますか?」とスタジオの観覧席に呼びかけたところ、一人の女性が挙手しました。既に東大卒業を果たしていた唐木恵子さんです。既に別の芸人さん(坂本ちゃん)がこの企画にチャレンジすることとなり、時にキレかけたり時に「私より頭いい」と励ましたり。二人三脚での東大受験のための猛勉強がスタートしたのです。勉強時間は一日13時間。食事の度にテストを受け、合格点に達していれば食事を得られるものの、達していない場合はすきっ腹を抱えて…。それでも二人は頑張りました。
目標を切り替えて
しかし東大は駄目らしい、どこでもいいから大学に受からせてあげようという企画に変更。ケイコ先生と坂本ちゃんの著書に、「東大には行けない」ことが分かった時の様子が書かれていました。努力の甲斐あって坂本ちゃんは日本大学文理学部に入学を果たし、めでたしめでたし…。
ケイコ先生の華麗なる経歴
4歳から6歳までテキサスで暮らした経験を持つ。東大文化三類卒業後出版社に勤めるも、役者を目指し退職。『雷波少年』のケイコ先生の役目を終えた後はドラマ出演などを果たしていた。
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元々芸能活動に興味あったんですね。妙な形で実現しましたが、その後意外な方向へ。
浪曲師春野恵子に転身
タレント的な活動ではなく舞台役者を目指していたため、悩んでいたところに浪曲と出会う。感銘を受け、2003年上方女流浪曲師第一人者の二代目春野百合子の楽屋に押しかけの形で弟子入りを志願。当初は断られたが、夜行バスで東京から稽古に通い、弟子入りが許される。その後は東京の芸能界を引退、大阪を拠点に活動を続ける。
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苗字が変わってたのは結婚ではなく、弟子入りしたからだったんですね。
「浪曲には笑いも歌も芝居もすべてが詰まっている。この魅力を伝えたい」と意気込みを語り、関西を拠点としながら、関東へも活動の場を広げている。2007年、二代目京山幸枝若の勧めで、若い世代の活性化のため若手浪曲師と共に「新生浪曲☆新宣組」を結成。別の浪曲師とも「浪曲乙女組!」を結成するなど、浪曲界にて旋風を巻き起こしてきた。
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『雷波少年』も『電波少年』も、結構風雲児的な要素がありまくりでした。確かにやっている人たちにとっては過酷な企画でしたが、見ている側が元気をもらったのも事実です。ケイコ先生改め春野恵子さんは浪曲から新たな力をもらい、今度はその力を皆に伝えようとしているのですね。しかし、テキサスで過ごしたり東大出たり…人生何が起きるか分かりませんね。そんなことも教えてくれたような気がします。