ゲントの祭壇画
祭壇画は14~15世紀のルネサンス期において、北方で発達した。
ヴァン・アイク制作のゲントの祭壇画は規模的にも、技術的にも突出したものである。
フランドルの中心的都市、ゲント市のサン・バヴォン大聖堂所蔵のヴァン・アイク兄弟制作の通称「ゲントの祭壇画」
一見複雑な構成の多翼祭壇画だが、基本は単純な観音式左右開閉型の三連祭壇画。
開いた時のおよそ3.4m×4.6m。
内側の彩色油彩画群は輝くばかりの明澄で精緻な筆致と描写で、その後のフランドル絵画に影響を与えた傑作である。
「誰よりも偉大なる画家フ―ベルト・ヴァン・アイクがこの作品を始め、技において第二のが画家たる弟のヤンが、ヨドクス・ヴェイトの需に応じてこの至難な仕事を完成競り。なされしことを照覧あれこの詩により5月6日(1432)に招かむ」
祭壇画を閉じた状態の最下壇下枠にラテン語で書かれている銘文である。
ゲントの祭壇画は、ヴァン・アイク兄弟の兄フ―ベルトが当時ゲント市の参事会員であったヴェイトから発注を受け、
制作中兄の死によって弟のヤンが仕上げたもの。
当時のキリスト教の教会堂は、規模によるが主祭壇といくつかの副祭壇(聖堂)に分かれていて、
各々の副祭壇は出資者が個別に利用管理できるようになっていた。
ゲントの祭壇画は、完成当時はゲント市聖ヨハネ聖堂(1559年聖バヴォン大聖堂と改称)の中の
ヴェイト聖堂に設置されたもの。
祭壇画を開いた状態
開閉式祭壇画は、平日は閉じられて、グリザイユ(単彩~2色彩画)の地味な扉絵になっているが、
ミサの行われる日曜、キリスト教の祭典、祭壇画のテーマになっている聖人の記念日などには
開かれ、中側の輝くばかりに美しい色彩の世界が礼拝者に披露される。
日本でいうハレとケのような感覚。