世知辛いファンタジー世界を生きる若者たちを描いた「犬と魔法のファンタジー」
ファンタジーの世界に生きる人たちも、霞を食べて生きているわけではありません。生きていくための仕事があって、そこで手に入る給料があって、そしてその仕事を得るための就職活動がある。現代日本と同じように、社会人として要領よく、器用に生きることが要求されるような方向に発展を遂げてしまった、世知辛いファンタジー世界を描いた異色の作品が、この「犬と魔法のファンタジー」なのです。
現代社会のような世知辛いファンタジー世界
剣と魔法のファンタジーの世界といえば、ヨーロッパ中世風というのが相場です。とはいえ、そのファンタジー世界もいつまでも中世にとどまっているわけではないのです。徐々に発展して現代となり、スマホに相当するものも開発され、若者たちは冒険ではなく就職活動に追われるようになってしまいます。そんな世界を描いたのが「犬と魔法のファンタジー」(作・田中ロミオ、イラスト・えびら)です。
英雄譚よりも生活の安定を求める夢のなさ
主人公・チタンは口下手で要領が悪く、就職活動は連戦連敗というなかなか厳しい境遇にあります。体が大きいため、かつての英雄譚の時代なら戦士として重宝されたのかもしれませんが、そんな英雄に憧れる時代ではないのです。
「チタンの所属するのは、冒険組合という団体だ。
創部一六〇年にもなる、学内でもっとも歴史ある団体のひとつだ。
今まで多くの有名冒険者を輩出してきたという実績を誇り、一年を通じて山嶺から地底まで、あらゆる冒険に挑むことで強靭な肉体と高潔な精神を養うとかいうことになっているが、実態としてはほぼ飲酒組合であった」(38ページより引用)
主人公の所属する大学の冒険組合ですら扱いがこんなんですから、この時代における冒険の位置づけは想像がつきますよね。冒険よりも生活の安定を求める、そんな世知辛い世の中で、社会人になろうとしてもなることのできない主人公が、この世界における「冒険」の意味を問いただしていくのがこの作品のテーマのひとつになっています。
物語のカギを握る「シロ」
表紙でヒロインの少女が抱えている動物ですが、表向きは冒険組合で飼われている犬の「シロ」ということになっているのですが、さすがに魔法が実際に存在するファンタジー世界だけあって、見た目通りではありません。この「シロ」が本当はどういう生き物で、就職活動をはじめとする世知辛い出来事に追われている人間たちをどう見ているのか。それもこの物語のカギになっているのです。